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| 幼いころからお洒落好き |
私は、幼いころから“お洒落すること・きれいになること”が本能的に好きでした。
物心がつき、幼稚園に通い始めたころには、その日に自分で着たいお洋服が決まらないと「幼稚園に行かない!」と、ダダをこねるような子供でした。コーディネイトにもこだわり、「今日はこのスカートだから、イチゴの飾りがついたヘアゴムがぴったり!」と、自分で髪も結っていました。母と一緒にお洋服のお買い物に行くのも大好きでした。もちろん、選ぶのは母ではなくて私です(笑)。しつけの厳しい家庭で、前髪はまゆ毛にかからないように、といったような約束事はありましたが、「このお洋服は着てはいけません。」と言われたことは一度もありませんでした。母も私もきっと、同じように女の子らしく可愛らしいテイストのお洋服が好みのタイプだったのでしょう。私自身は今も、お洋服の好みは変わっていないと思います。
| 6人家族 |
実家は、祖父母と両親、弟の6人家族でした。特に祖父はしつけに大変厳しく、玄関に靴が散らかっているとすぐに呼ばれ、「きちんと揃えなさい!」と注意されたものでした。食事のときはきちんと「いただきます」と「ごちそうさま」を言うこと、食べ終わったら自分で片付けること、食事を残してはいけないこと。子供心にうるさいなと思ったものですが、お行儀は自然に身についていきました。父や母には知人が多く、家にはよくお客様が見えていましたが、お客様には、畳に手をついて「いらっしゃいませ。」と言いなさいと、何度も教えられました。
そんなふうにお話しすると、厳格な家庭かと思われるかもしれませんが、笑いの絶えない明るい家庭でもありました。父母の教育ポリシーは、とにかく“褒めること”でした。「佳子はすごいね。」とか、「頑張ればできるじゃない!」とか、小さなことでも、できたことをきちんと褒めてくれました。だからでしょうか、自由に伸び伸びと健やかに育ちました。物事を考える姿勢は、現在も常にポジティブ志向です。 |
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| 青春時代の思い出 |
小学校のときは、生徒会長に立候補したり学級委員をしたりなど、クラスの明るいリーダー的な存在でしたが、中学に入学すると、思春期の影響か無邪気にリーダーシップを発揮するのが恥ずかしくなり、軟式テニス部に所属して部活三昧の毎日を送っていました。今の私からは想像がつかないでしょうけれど、夏などは練習で日焼けしていつも真っ黒でした。高校ではスポーツよりも女性らしいことに惹かれ、好きだったお菓子づくりがしたくて料理クラブに入りました。よくクッキーを焼いては先生やクラスメイトに配ったりしていましたね。でも、なによりお洒落することに夢中でした。ちょうどファッションや美容に目覚め、強い憧れを持ち始める時期でしたから、ファッション誌を繰り返し読んだり、テレビでよく見るアイドルのヘアスタイルを真似したり、爪をピカピカに磨いたりしていました。メイクやヘアカラーが当たり前のような現在の女子高生と比べると、校則に違反しない範囲のささやかなお洒落だったと思います。 |
| 自動車会社のキャンペーンレディーに〜現在の私につながるきっかけ |

短大時代は、将来に向けて何をやりたいのかがわからず、“自分探し”ばかりしていました。「私には何ができるんだろう」とか「何が好きなんだろう」と模索する中、アルバイトで展示会の受け付けやコンパニオン、ナレーションなど、“人前に出て話す”といった職種を経験し、次第に「楽しいな。こういうことに向いているかもしれないな。」と思うようになりました。
卒業前に、自動車会社のキャンペーンレディーの募集を知り、応募して採用されました。後で聞いたところ、1500人もの応募があって合格は15人だったそうです。母が合格をとても喜んでくれたことを覚えています。 入社後はまず2ヶ月、立ち居振る舞いやおじぎ、敬語や謙譲語の使い方、商品知識といったものをみっちりと勉強しました。先生方は「仕事だからではなく、女性としても大切なことですよ。」とおっしゃって、丁寧に教えてくださいました。2年のキャンペーンレディー時代は、礼儀作法から仕事の厳しさまでを初めて体感した特別な時期でした。 たぶん、私という人間の基礎が作られた時代だったと思います。主人とも知り合ったのもこのころで、退職後に24歳で結婚しました。 |
| ライフスタイルがビジネスに |
私が美容に目覚めたのは、30歳を過ぎてからと、ちょっと遅咲きです。
30歳といえば、ちょうど主人が独立して起業し、女性向けのインターネットサイトを立ち上げたころ。それまであまりインターネットに詳しくなく、パソコンも不得手だった私に、主人は「佳子のようなビギナーの女性の方に見てもらえるサイトにしたい。モニターとして意見を聞かせてほしい。」と語り、私もサイトの運営に参加するようになりました。私のお気に入りのコスメアイテムやおすすめのレストランなどを紹介しているうちに、ファンレターやメールで反響をいただき、次第に雑誌やテレビで取材を受けるようになりました。私が情報の発信源となって、お洋服を紹介したり、愛用コスメをサイト上で紹介するようになったりと、“和泉佳子のライフスタイル”が、さまざまな媒体を通して紹介され、世の女性に影響を与える状況になっていったのです。意外な展開でした。いつのまにか何冊もの雑誌に出て本を出版し、テレビにまで出演していました。私は、褒められたり頼られたりすると、さらにがんばってしまうタイプです。ですから、「いつも楽しみにしています!」とか、「和泉さんを参考にしています。」などと声をかけていただくと、より応えようと常に新しいものを求め、興味のアンテナを張って感性を磨いてきました。私のフィルターを通して多くの女性に喜んでいただくことが使命だと感じたのがこの頃でした。 |
| プライベートの楽しみ |

忙しい日々が続きますから、ふっと日常を抜け出たオフタイムの空間は癒されます。そういった意味で旅行は大好きです。旅行の計画を立てて、準備をする段階から私の旅は始まっています。週末はよく、主人と2人で車で出かけて温泉を楽しみます。目的地は海外、国内にはこだわりません。海外であれば、主人はサーフィンが好きなので、リゾート地を選ぶことが多いです。近場であれば、ゆったり温泉につかることのできる箱根や伊豆、軽井沢といったところでしょうか。温泉以外だと、歴史的なお寺巡りや神社巡りができる京都も好きですね。タイのバンコクでも寺院を巡って仏像を見ました。仏像を眺めるのが好きな女性を最近は“仏女”と呼ぶそうですが、ある意味私も“仏女”のひとりかもしれません。旅はいろいろなことを発見させてくれます。“灯台下暗し”といいますが、身近すぎて気づかない素敵な知らない場所がきっとまだたくさんあることでしょう。知らない場所を訪れるのは楽しいものです。 |
| お客様の悩みに応える |
テレビを見てくださったお客様から、「今日はエネルギーをもらいました。」とか「すごくモチベーションが上がりました。」という言葉を多くいただきます。私は、なにも特別なことを言っているつもりはありません。化粧品の配合成分などの説明に加えて、「美容ってとても楽しいことですよ!」とお伝えしているだけです。実際に使ってくださったお客様からのお便りやメールには、嬉しくなってしまう報告がたくさんあります。例えば、「母の看病で疲れ、自分のことなどかまわなくなっていた私ですが、<エターナルボーテ>を使うようになってから、鏡を見るのが楽しくなりました。」といった内容には心を打たれました。そういったお声をいただくと、“美容の力”を実感します。きれいになることで、気持ちや、ひいては人生までもが変わってくる。そのお手伝いをさせていただくことが、私の今の役目なのだと思います。誰しも、美容やお肌の悩みについて、誰かに聞いてほしい、ちょっと背中を押してほしいという願望があるのではないでしょうか。
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| これからの<エターナルボーテ> |
現在の私の努力目標は、<エターナルボーテ>の化粧品を末永くショップチャンネルでご紹介させていただくことです。長いタームでお使いいただけるものばかりですし、よい商品を作っているという自信もあります。ですから、より多くのお客様にお使いいただけるようがんばりたいと思います。
なぜなら、同じ女性として、女性にハッピーになってもらえるのが嬉しいからです。また、そのお手伝いができる、お客様のお役に立てるということに誇りを感じます。
2008年にお洋服ブランドとして起ち上げた<エレクチュール>も、おかげさまでご好評をいただいています。以前から、ライブが終わると「和泉さんの着ていたお洋服はどちらのものですか?」といったお問い合わせを多数いただいていました。こういったお声は本当に励みになります。<エレクチュール>のお洋服も多くのお客様にご好評いただけるよう心から願います。今後は新しくジュエリーブランドがスタートします。美容に始まり、お洋服、ジュエリーと、お洒落の提案の幅が広がっていくことは、私にとっても刺激的です。これからも、女性がトータルで楽しくなるようなスタイルをどんどん提案していきますのでご期待くださいね!
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| これからの年齢の重ね方 |
2009年に40歳を迎えました。人生の先輩たるショップチャンネルのお客様にしてみれば、「和泉さんはまだ若いじゃないの。」とお思いの方もいらっしゃるかもれません。でも、“女性としての美しさへの意識”は、年齢には関係ありません。私よりうんと年上の方でも、きちんと意識をもって生きていらっしゃる女性は素敵で輝いています。また、結婚直後の25〜6歳のときの私などは、家にばかりいて気を抜き、女性として美しくあろうという気持ちを忘れきった主婦でした。あるときそんな私を見かねた主人から「お稽古ごとでも仕事でもいいから、外に出てみたら?」と言われて目が覚め、そこから一念発起で仕事を始めました。きれいになって主人に認めてもらおうと努力して、自分が変わったと思います。ですから、美しさとは年齢ではなく、自分を磨くという意識です。
この先60歳になっても、「還暦を迎えた私ですけれど、こうして自分を磨いています。」と、胸を張ってお客様の前に出たいと思います。また、私が実践することで、お客様の意識やモチベーションが高まれば嬉しく思います。お客様に育てていただきながら、私自身も成長を続けられるよう努力していきますので、今後とも応援のほど、よろしくお願いいたします。
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